1998/05/15/(Fri) 10:30 pm

 インドのバジパイ首相は一九九八年五月十一日、首相官邸で同国北西部ラジャスタン州にあるタール砂漠のポカランにある核兵器実験場で現地時間同日午後三時四五分(日本時間同七時十五分)地下核実験を三回実施したと緊急記者会見で発表した。
 この実験は一九七四年五月以来、二度目の事。
 続く五月十三日にも同実験場において、同日午後零時二一分(日本時間同日午後三時五一分)に二度の地下核実験を行ったと同日インド政府は発表。

 まずはじめに、核兵器の存在及びその前提となる核実験の一切は到底容認出来るものではない。
 何故ならば、核兵器は大量破壊兵器とも呼ばれ、いわゆる通常兵器と異なりその破壊能力は一般常識をはるかに越えているものであるからである。
 もう一つの要因は核兵器使用後の放射能汚染の問題である。人類をはじめとする地球上の生命体は放射能に汚染された土地で生きていくことは出来ないのである。

 インドは五十年前の独立当初から核兵器の保有を事実上の国是としてきた。隣国パキスタンとのカシミール地方を巡る紛争、北に中華人民共和国の脅威を常に感じ、また米国や旧ソ連と一線を画し第三世界を模索した国、それがインドである。
 今回、インド政府は核実験に関する情報を積極的に公開している。これは、核実験に対する国民の圧倒的な支持が背景にあるものと見られている。
 日本や米国による経済制裁は当然覚悟の上での行動だろう。そこまでしてインドが核実験を行った背景は果たして何なのだろうか。
 インドはCTBT(包括的核実験禁止条約)等は既存の核保有国に有利であると主張してきた。NPT(核拡散防止条約)では、核兵器の保有は五大国のみに認められるとしているが、インドはその核保有国の一員となろうとしているものと思われる。

 今回のインドの地下核実験が先のフランスや中国の地下核実験と大きく異なる点は、フランスも中国も既に核保有国であったのに対し、インドはそうではなかったという点にある。

 これは、フランスの時にも言えることなのかもしれないが、何故この時期、つまりバーミンガム・サミット(G八・主要八ヶ国首脳会議)の直前に今回の実験を行ったのだろうか。

 米国、日本、中国の厳しい対応とは対照的にロシア、フランス、イギリス等は懸念は表明するものの、経済制裁等は行わないとしている。これは何故だろうか。ちなみに、これら六つの国から日本を除く五ヶ国はいわゆる核保有国(核サロン・核五大国)である。
 表向きの理由としてはロシア等は対インド貿易が盛んであり、また九億を越える人口を抱え、二十一世紀には中国を抜いて世界最大の人口大国になると予想されるインドとの経済関係を悪化させるのは好ましくないというのがあるだろう。しかし、ロシア、フランスは自国が核実験をする可能性を放棄していないのではないだろうか。だからこそインドに対し厳しい対応をとらないのではないのだろうか。

 パキスタンの首脳は厳しい選択を迫られていると言えるだろう。米国をはじめとする国際世論は核実験絶対反対であるのに対し、インドと敵対関係にある国内世論は核実験を行うべきという意見が大勢を占めている。この様な状況の中でパキスタンの核実験、強いては第三世界での核軍拡競争をくい止めるにはどうすればいいのか。なんらかの形でパキスタンをたてる必要があると思われる。しかも早急に。

 今回のインドの地下核実験によって生じる事。それは、NTP(核拡散防止条約)の根本にある核保有国は、米露中仏英の五大国のみという大原則の崩壊。それに伴う核保有疑惑国の相次ぐ核開発による核の拡散及び核軍拡の危険性の増大。これはまさに世界崩壊の危機であると思われる。

 日本は唯一の被爆国であり、五十年前の日本以外が今後被爆国の一員となるのは絶対に避けなければならない。日本がこれからも唯一の被爆国であり続けなければならない。

 この記事はあくまでも吉野(info@renya.com)の個人的な意見であります。


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